高松高等裁判所 昭和50年(ネ)42号 判決 1976年11月10日
控訴人(原告) 玉田貞次
被控訴人(被告) 高知県ハイヤータクシー労働組合 外一一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、金四万六七七六円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とする」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(控訴人の主張)
被控訴人高知県ハイヤータクシー労働組合(被控訴組合という)の組合員らによる本件争議行為は、営業用自動車を実力をもつて支配するなど明らかに正当性の限界を逸脱したもので、このような業務妨害行為さえなければ控訴人ほかマサキタクシー従業員労働組合(従業員組合という)の組合員は就労できたはずである。したがつて、右行為は、控訴人らの勤労権を違法に侵害したものといわなければならないから、被控訴組合及びその役員である被控訴人三枝茂並びに右争議行為を実行したその余の被控訴人らは共同不法行為者として、控訴人の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。そして、少くとも違法な争議行為によるスト不参加者の就労不能は、労働契約の当事者双方の責に帰すべからざる事由による履行不能であるから、スト不参加者の賃金については、使用者は、民法五三六条一項により賃金の支払義務を免れるものというべきであり、そのため、控訴人は、右スト期間中の賃金相当の得べかりし利益を喪失した。
(被控訴人ら)
控訴人の右主張事実を争う。
理由
一 訴外会社が乗用自動車九台を保有し、運転手として控訴人ほか一審相原告ら九名及び被控訴組合、被控訴人三枝、同長野を除くその余の被控訴人らを雇用して、一般乗用旅客自動車運送事業を営んでいること、被控訴人三枝は、被控訴組合の中央執行委員長、被控訴人長野は、同組合の書記長、その余の被控訴人らは同組合の組合員で、その下部組織として正木分会(分会という)を結成していたものであり、控訴人ほか一審相原告らは右組合に所属せず、別に従業員組合を結成していたこと、訴外会社が、昭和四六年四月三日、被控訴人大黒をタクシー料金の一部横領を理由に解雇したところ、被控訴組合は、右解雇を不当とし、その撤回を求めて、同年五月二日以降同月一五日迄継続してストライキを行つたことは当事者間に争いがない。
二 控訴人は、前記ストに際し、被控訴人大黒らの違法なピケに阻止されて就労が不能となり、スト期間中の得べかりし賃金を喪失したとしてその賠償を求め、被控訴人らは、右ストライキによつて控訴人らの就労が不能となつたとしても、控訴人は、民法五三六条二項により右スト期間中の賃金請求権を失わないから、控訴人に損害の発生はないと主張する。
そこで、控訴人主張の損害が発生したか否かについて検討するに、成立に争いのない乙第一ないし第七号証、原本の存在並びに成立に争いのない甲第二四号証の一、二、第二五号証、第二八号証、第二九号証の一、二、乙第一〇号証、第一一号証、第一三ないし第一七号証、被写体が控訴人主張のとおりであることは争いがなく、撮影者及び撮影日時については、原審証人西原宏の証言(但し、その一部)により控訴人主張のとおり認められる甲第六号証の一ないし一九、公署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については原審証人西原宏の証言(但し、その一部)により真正に成立したことが認められる甲第三、第四号証の各一、第八号証の一ないし三、同証言(但し、その一部)により真正に成立したことが認められる同第三、第四号証の各二、第七号証の一ないし四、一審原告森英樹本人尋問の結果により真正に成立したことが認められる同第九号証、原審証人山本勝己の証言により真正に成立したことが認められる同第一〇号証、第一二ないし第二二号証、原審証人西原宏(但し、その一部)、同山本勝己の各証言、一審原告森英樹、原審における被控訴人長野新、同鎌倉幹夫各本人尋問の結果を綜合すると、次のとおり認められる。
(一) 被控訴組合は、昭和四〇年九月二八日に結成された高知県内のハイヤー、タクシー産業労働者の個人加盟による労働組合で、その下部組織として、加盟組合員の雇用されている企業毎に分会を設けていたところ、訴外会社においても昭和四三年三月一五日、同会社の従業員中八名がこれに加入し、被控訴組合正木分会が結成された。同組合は、昭和四四年二月一日には訴外会社との間でユニオンシヨツプ制を含む労働協約を締結し、昭和四五年四月一五日頃には訴外会社の従業員一九名中試用期間中の者一名を除いた他の全員が同組合の組合員となつた。
(二) ところで、訴外会社では、昭和四五年一〇月一日頃、代表者の正木豊が病気のため、西原宏がこれに代つて事実上経営にあたることになり(なお、西原は、昭和四六年四月二〇日、同会社の代表取締役に選任された。)、当時、同会社の従業員は二班に分れ、各班が交替制で隔日勤務に就いていたが、右分会の分会長であつた一審原告横田、書記長であつた控訴人の両名は、いずれも同一の班に所属していたので、前記西原宏は右横田らの所属する班の労働者を懐柔することにより、同分会を弱体化しようとし、控訴人及び横田らに働きかけたので、控訴人及び横田らは訴外会社に対し次第に協調的な態度をとるようになつた。そのため、控訴人及び横田らは同分会の執行委員であつた被控訴人筒井、同鎌倉らとしばしば意見が対立し、また、他の分会員から控訴人及び横田らの言動に対し批判が続出したので、控訴人及び横田は、昭和四六年二月、右役員を辞任するに至り、同月二四日、被控訴人大黒が分会長に、同門矢が書記長にそれぞれ選出された。
(三) 前記西原は、新たに分会長となつた被控訴人大黒の日頃の言動や勤務態度等につき少なからず反感を抱き、且つ、同人の日頃の言動からタクシー料金不正領得の疑もあるとして、同年三月二七日、北九州市ハイヤー、タクシー経営者協議会の専務理事である角安介にその対策を相談し、同人からモニターを使用して右不正領得の事実を探索することを教えられ、翌二八日、高知市内の松竹ホテルで、角及び同人がモニターとして同道してきたホステス三村きわ子らと打合せたうえ、三村は、翌二九日、同市内の升形から被控訴人大黒運転のタクシーに乗り込み、高知空港迄行くことを指示し、途中買物をし、同空港で下車する際、同被控訴人に買物包みを乗車地点近くの松竹ホテル三〇七号室に届けてくれるよう依頼し、空港迄のタクシー料金九三〇円を含め金二、〇〇〇円を手渡し、「これでお願いします。おつりはいりません。」といつた。そこで、同被控訴人は、料金メーターを倒さずに高知市内に向けて引き返えし、同市知寄町で乗客一名を乗せて同市朝倉方面へ向う途中、右乗客の了解を得て前記松竹ホテルで一時停車し、右包みを届けたのであるが、右金員中金九三〇円はタクシー料金として会社に納入し、残額金一、〇七〇円はチツプの趣旨で交付されたものであると考えて自己において取得したところ、訴外会社は、同年四月三日、被控訴人大黒の弁解を聴き入れず、右金一、〇七〇円の取得はタクシー料金の横領であるとして、これを理由に同被控訴人を懲戒解雇した。
(四) そこで、同分会は、たゞちに右解雇の撤回を要求して訴外会社と団交を行つたほか、同年四月六日、高知地方労働委員会に対し、あつせんの申立をし、同委員会は、右解雇については解雇事由の事実確認、解雇手続等について十分な配慮がなされていないとして、訴外会社に対し再考を促したところ、前記西原は、一旦これに応ずるかのような態度を示しながら、同月一五日被控訴人大黒らの分会運営に批判的であつた控訴人及び前記横田らが中心となり、同人ら九名が同分会を脱退してただちに従業員組合を結成し、委員長に山本勝己、副委員長に控訴人、書記長に一審原告森英樹が選出されるや、翌一六日に至り、同会社は、同委員会の解雇について再考するようにとの前記勧告を拒否した。そのため、被控訴組合中央執行委員会は、同分会において、解雇撤回を要求してストを決行することを決議し、ただちに中央執行委員会を斗争委員会に切りかえ、同委員会において職場占拠を含む強力な斗争方針をたてたうえ、同分会において、前記のとおり同年五月二日以降同月一五日迄被控訴人大黒の解雇撤回を要求して、ストに入つた。
(五) 右ストの期間中、被控訴人大黒ら同分会員らは、被控訴組合から派遣された被控訴人三枝、同長野らとともに、高知市福井町字中須七八一番地三所在の訴外会社建物の一階車庫に納入してあつた訴外会社の全営業車九台のうち、四台を車庫の向つて右側寄りに奥より入口にかけて並べ、一台をその左側に縦に置き、三台をその左側に奥より入口にかけて横にして並べ、一台をその左側に斜めにして置き、うち入口に最も近い二台を鎖で連結し、その手前右側の道路寄りに被控訴組合の組合員の自家用車一台を置き、その左隣りにムシロを敷いて分会員全員及び被控訴組合から派遣された被控訴人三枝 同長野ら多数組合員が坐り込みを行つた(但し、前記訴外会社建物二階の事務室及び応接室については、これを占拠する行動には出ていなかつた。)。
(六) 控訴人ほか従業員組合の組合員らは右スト期間中、前記西原らとともに車庫に出向いて被控訴人三枝、同大黒らに対し 従業員組合の組合員が就労するため、車庫の占拠を解いてくれるよう要請したのにかかわらず、同被控訴人らがこれに応じなかつたため、控訴人ほか従業員組合の組合員は、本来の業務であるタクシー運転業務に就くことができず、西原の指示に遵い、毎日、高知市内の鏡水旅館に集合して、訴外会社が、右分会員らのピケに対抗する手段として分会員らに対する立入禁止仮処分申請をなすための必要な疎明書類を前記西原らとともに作成し、また、前記横田方などで西原から解散の指示を受ける迄待機していた。
なお、控訴人ほか一審相原告らは、本件スト終了後の最初の給料日である昭和四六年五月二五日、訴外会社より貸金名義で原判決別紙損害額算定表に記載の金額と同額の金員の交付を受けた。
右認定に反する甲第三、第四号証の各二、第二五号証、第二八号証、第二九号証の一、二の各記載並びに原審証人西原宏の証言は前掲各証拠に対比してにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三 右に認定したところによると、控訴人ほか従業員組合員らは、本件スト期間中、本来の業務であるタクシー乗車業務に就くことができなかつたとはいえ、毎日車庫に出向いて就労の意思を表明し、そのあと、前記西原の命ずるところに遵い、異議を述べないで、前記鏡水旅館において、訴外会社の仮処分申請書類を作成し、あるいは、前記横田方などで解散の指示があるまで待機していたのであつて、右スト期間中継続して訴外会社が命じた代替労務に従事し、また、前記横田方で同会社の命ずるまゝ待機するなどしてその間、訴外会社の指揮命令下に置かれていたものというべきであるから、訴外会社は、控訴人の提供した労務を受領したものとして、賃金支払義務があるといわなければならない。
仮りに、控訴人の右スト期間中に遂行した労務は、控訴人ほか従業員組合員が好意的に無報酬で訴外会社に協力したのに過ぎず、これをもつて賃金請求権が発生するための具体的労働があつたとはいえないとしても、スト不参加労働者が、スト参加組合員のピケに阻止されて就労が不能又は無価値となつた場合に、使用者である訴外会社が、当然スト期間中の賃金支払義務を免れるか否かはなお検討を要するところといわなければならない。すなわち、企業内に複数の労働組合が併存し、その一部の組合がストを行つたとき、他のスト不参加組合員が、スト組合員のピケに阻止され、就労が事実上不能となつた場合におけるスト不参加組合員の賃金請求権については、見解の分れるところである。
思うに、通常スト不参加組合員の就労不能の直接の原因がスト組合員のピケに阻止された場合においては、ピケが争議行為の一環として行われている以上は、一般に、労働者に争議権が保障されており、使用者としては、右争議行為の停止を強制する途がないことからいつて、使用者には右スト不参加組合員の就労不能について故意、過失又は信義則上これと同視すべき事由があるということはできないから、使用者は、民法五三六条一項により、スト不参加組合員に対する賃金支払義務を免れるけれども、右ストが、使用者のスト組合に対する重大な労働協約違反とかスト組合員に対する不当労働行為等の背信的行為に起因し、その是正ないし撤回を要求して行われ、且つ、右のような使用者の行為によりスト決行の事態に至ることを予見し得たものと認むべき特別の事情がある場合には、スト不参加組合員の就労不能は、使用者の故意、過失又は信義則上これと同視し得る事由によるものと評価することができ、その限りにおいては、スト不参加組合員の就労不能は使用者の責に帰すべき事由による履行不能として、民法五三六条二項により、使用者は、スト不参加組合員に対する賃金支払義務を免れないものと解するのが相当である。このことは、ストの発生が前記のような使用者の背信的行為に起因し、その是正ないし撤回を目的としてストが行われた以上、当該ストの手段の一部であるピケが正当性の限界を逸脱して違法とされる場合であつても結論を異にするものではない。けだし、スト発生につき原因を与えた使用者に民法五三六条二項による帰責事由を認める限り、そのストの過程における争議手段の一部であるピケが違法であるとの一事により同条一項所定の危険負担における債権者としての免責事由を認めるのは相当でないからである。
これを本件についてみるに、前記認定したところによると、本件ストの目的は、訴外会社に対し、被控訴人大黒の解雇撤回を要求し、右要求貫徹を目的として行われたものであり、控訴人ほか従業員組合員は、被控訴組合から派遣された被控訴人三枝、同長野及び分会員であるその余の被控訴人らの前示のような強力なピケに阻止されて、事実上、タクシー乗車業務に就くことができなくなつたものであるところ、被控訴人大黒は、西原から依頼を受けてモニターとなつた前記三村きわ子を空港で下車させた後、空車で高知市内へ引き返えし、途中他の乗客を乗車させ、右乗客の了解を得て松竹ホテルに立寄り、同女から依頼された買物包みを届けたのに過ぎず、空港で同女から受取つた金二、〇〇〇円のうち空港迄の料金九三〇円を控除した金一、〇七〇円は、同被控訴人から請求したものではなく、同女が、「これでお願いします。おつりはいりません」と述べたのにとゞまり、右金員を運賃の趣旨であることを明示して交付したわけではなかつたこと、一般乗用旅客自動車運送事業を営むタクシー会社の運転手が運賃を徴して荷物を運搬することは許されないけれども、空車でタクシー待ち客の多い市内中心部に引き返えし、途中で他の乗客を乗車させて走行中、さきに依頼された乗客の荷物を便宜届けることは乗客へのサービスとして許されないわけではないことを綜合すると、タクシー乗車料金ではなく、乗客へのサービスとして荷物を届けることに対して交付されたチツプと解する余地があり、これを同被控訴人が自己において取得したとしても、タクシー料金を横領したものとはにわかに断定し難いところであつて、結局、前記解雇は、右解雇に至る経違に徴すると、訴外会社において、同被控訴人の組合活動を嫌悪し、分会長であることの故をもつて同人を職場から排除することを決定的な動機としてなされたもので、不当労働行為に該当するものといわなければならない。そして、本件ストは右解雇を契機として被控訴組合の強い反撥を招き、同分会ではいち早く団交の席上解雇撤回を要求し、地方労働委員会が右解雇につき再考を促したにもかかわらずこれを拒否して懲戒解雇を強行したため発生したもので、訴外会社の右一連の行為に起因するものであることは明らかである。しかも、右のように、分会長である被控訴人大黒に対する懲戒解雇を強行すれば、これに反対する被控訴組合のスト決行に至る事態を惹起しかねないことは訴外会社としては十分予見し得たものというべきであるから、右ストの結果強力なピケに阻止されて、控訴人ほか従業員組合員のタクシー乗車業務が事実上不能となつたのは、使用者である訴外会社の故意過失又は少くとも信義則上これと同視すべき事由によるものといわざるを得ない。したがつて、訴外会社は、民法五三六条二項により、控訴人に対し、スト期間中、控訴人が平常通りタクシー乗車業務に従事したとすれば得たであろうとされる賃金の支払義務を免れないものというべきである。そうして、被控訴人大黒らが、本件ストの過程において、その手段として行つた前記ピケに、若干の行き過ぎが認められないでもないが訴外会社が本件スト発生の原因を与えたことは前示のとおりであるから、訴外会社に同条一項所定の危険負担における債権者の免責事由を認めることはできない。
四 以上の次第であつて、控訴人は本件スト期間中の賃金相当額の得べかりし利益を喪失したとはいえないから、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 秋山正雄 福家寛 磯部有宏)
原審判決の主文、事実及び理由
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告ら 「被告らは連帯して、別紙損害金目録記載の各原告に対し、同目録記載の各金員およびこれに対する昭和四六年五月二六日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言
二、被告ら――主文一、二項同旨の判決
第二、請求原因
一、訴外株式会社マサキタクシー(以下単に訴外会社という)は乗用自動車九台を保有し、運転手として原告全員および被告三枝、同長野を除くその余の被告全員を雇用して、一般乗用旅客自動車運送事業を営んでいた。
二、被告三枝は高知県ハイヤータクシー労働組合中央執行委員長、被告長野は同組合書記長、その余の被告らは同組合の組合員で、同組合の下部組織として、北支部正木分会(以下単に分会という)を結成していたものであり、原告らは右組合に所属せず、別にマサキタクシー従業員労働組合を結成していた。
三、訴外会社は昭和四六年四月三日被告大黒を、同被告が同年三月二九日運転手として勤務中、乗客から受け取つた運賃の一部を会社に納入せず、不正に領得したことを理由に解雇したところ、同被告がたまたま右分会の分会長でもあつたため、同組合は右解雇を不当として、同年五月二日から同月一五日まで継続してストライキを行つた。
四、右ストライキは、単に所属組合員である従業員の労務不提供や、原告らに対する平和的説得の範囲を越え、訴外会社の車庫および営業用車両に対する占有を排除してこれを奪取し、連日にわたる訴外会社の自動車の返還要求や、原告らの就労要求にも応ぜず、終始原告ら非スト従業員の働く権利を侵害する違法行為を継続した。即ち全車両を車庫の奥深く密接して並べ、その車両間を鎖で連結し、その手前の入口近くには被告らスト組合員の自家用車を横に並べ、空地にはムシロを敷いて座り込み、更に車庫入口にはブロツクを並べたり、スト表示板や赤旗を林立させ、その間をロープで結び、なおその外側入口に沿つた道路上にスト組合員の自家用車を横に連ねて、二重三重のバリケードや人垣を作り、会社管理者や原告らがその間隙を縫つて入ろうとすると、これを多衆の実力で押し返すなどして、完全に営業車両に対する訴外会社の占有を奪つて、原告らの就労を不可能ならしめた。
五、そのため原告らは五月二日から同月一五日までの間就労できず、別紙損害額算定表記載のとおりの得べかりし利益を喪失した。
六、よつて原告らは、前記違法行為の実行者である被告らに対し、共同の不法行為による損害の連帯賠償および右損害金に対する不法行為後で、訴外会社の給料支払日の翌日である昭和四六年五月二六日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、被告らの答弁
一、請求原因第一、二項の事実は認める。
二、同第三項の事業中、被告大黒がその主張の日訴外会社より原告ら主張の理由のもとに解雇の意思表示をうけたこと、同被告が分会の分会長であること、被告らが昭和四六年五月二日から同月一五日までストライキを行つたことは認めるが、その余の事業は否認する。
三、同第四項の事実中、被告らが営業用車両を車庫内に格納し、その余の空地にムシロを敷いて座り込み、車庫前にスト表示板や赤旗を掲起したことは認めるが、その余の事実は否認する。
四、同第五項の事実は否認する。
第四、被告らの主張
一、本件争議の経過は次のとおりである。
1 被告組合は昭和四〇年九月二八日に結成された高知県内のハイヤー・タクシー産業労働者の個人加盟による労働組合で、その下部組織として、加盟組合員の企業毎に分会を設け、分会では分会長ほか分会執行部を選出して、日常の組合活動を行つていた。
2 訴外会社においても、昭和四三年三月一五日同会社の従業員中八名が被告組合に加入し、分会を設けた。その後分会は活発な組合活動を行ない、退職金規定の成立、ユニオンシヨツプ制を含む労働協約の締結等幾多の成果をあげ、昭和四五年四月一五日頃には試用期間中の者一名を除き、二〇名の全従業員が組合員となつた。
3 ところが昭和四五年一〇月一〇日訴外会社の代表者がそれまでの正木豊から西原宏にかわるや、西原社長は組合を極端に嫌忌し、労使慣行をふみにじつて労働強化につとめ、公然と組合を非難中傷し、労働協約を無視する態度をあらわに示した。そして昭和四五年九月に選出された原告横田分会長、同玉田書記長に対し、個別に工作ないし攻撃を加え、同人らが西原社長に対し協賛的態度をとりだすに至つたため、分会員から右分会長、書記長らに批判が続出し、ついに原告横田らは昭和四六年二月辞任し、代つて被告大黒が同月二四日分会長に選出された。
4 分会の弱体化の企図がこのように挫折するに及んで、西原社長はますます露骨に分会の団結破壊をたくらみ、なかでも新しく分会長に選出された被告大黒に対しその攻撃の的を定め、ついに昭和四六年四月三日訴外会社は強引に事実をねつ造して、同被告を解雇した。
5 その解雇理由は、被告大黒がタクシー料金の一部を横領したというのであるが、右は昭和四六年三月二九日同被告が女客を高知空港に送り届けた際、女客から包物を高知市内のホテルに届けることを依頼され、高知空港までのタクシー料金九七〇円を含めて二、〇〇〇円を渡されたので、一、〇〇〇円余はそのためのチツプと考えて会社に納入しなかつたところ、訴外会社はこれをもつてタクシー料金の横領としたのである。
6 この暴挙に対し、分会は憤激し、西原社長に抗議を申し入れるとともに、同年四月六日高知地方労働委員会に対しあつせんの申立をしたところ、同委員会はこれをいれて、訴外会社に対し解雇撤回を勧告したため、西原社長は窮地に陥り、地労委に対し解雇の撤回に応じるかのようなそぶりを示していたが、その一方で分会の分裂工作を行ない、ついに同年四月一五日前分会長の原告横田、同書記長の原告玉田を中心として、原告らが分会を脱退し、新たにマサキタクシー従業員労働組合を結成するに至つた。原告らの脱退をみるや、西原社長は解雇撤回の態度をひるがえし、再び高圧的な姿勢に出た。そこで分会は度重なる会社側の不当労働行為に憤激して、被告大黒の解雇撤回を求めて、同年五月二日本件争議に入つたものである。
二、原告らは本件スト期間中、就労の不可能により賃金相当額の損害を蒙つたと主張するが、原告らは訴外会社に対する右期間中の賃金請求権を失つていないから、原告ら主張の損害の発生はない。すなわち本件のような一部ストにおいて、被告らのピケにより原告らの就労が妨げられた場合、原告らの訴外会社に対する賃金請求権の存否は、ピケの合法、違法を問わず、民法五三六条によつて決定されるところ、本件ストは、訴外会社が被告大黒を前記のとおり不当に解雇したことにより惹起されたもので、訴外会社の責に帰すべき事由によるものであることが明らかであるから、訴外会社は同条二項により原告らに対し賃金支払義務を免れないのである(のみならず原告らはすでに訴外会社よりスト期間中の賃金相当額の金員を受領しているから、その主張のような利益の喪失はない)。
三、仮りに訴外会社に賃金支払義務がないとしても、前記事情のもとでは、訴外会社は原告らに対し労働基準法二六条に基づき就労不能による休業手当を支払う義務のあることが明らかであるから、原告らは賃金全額を損害として被告らに請求することは許されない。
四、被告らが原告に対し損害賠償責任のないことは右のとおりであるが、直接第三者に損害を加えることを目的とした争議行為の場合には、第三者に対し賠償責任を負うとの見解もあるので、その点に関して本件争議行為の正当性(原告らに対する加害目的の有無)について述べる。
本件ストライキは前記のとおり被告大黒に対する不当な解雇の撤回を求めてなされたもので、明らかに使用者に対する要求の貫徹を目指しており、原告らに対する加害目的は少しもない。
また本件ピケについていえば、その態様は、営業車を車庫にできるだけつめて格納し、車庫前に組合員らの職場占拠の場所を確保して座り込みをなし、支援組合員の乗つてきた自動車が路上に二、三台駐車しており、就労要求にきた原告らに対しては、スクラムを組んで二、三回もめたことがあつたにとどまる。これに対し原告らの就労要求は、社長が先頭に立ち、社長に命令されて原告らが二、三回形式的に就労要求をなしたにすぎない。チエーンで二台の営業車がつながれていた事実がうかがえるが、このことが直接原告らの就業を妨げたとは認められない。一方原告らは本件ストの半月前までは被告らと同じ分会の組合員、原告横田、同玉田の両名はその分会長、書記長の要職にあつたもので、本件スト直前いずれも組合を脱退して第二組合を結成し、労働者の団結権を侵害した者であり、かつ社長にそそのかされてピケ破りにかり出されたものであるから、実質においてスト破り労働者というべく、被告らとしてはスト防衛上原告らに対し最高のピケを張らざるをえなかつたのである。のみならずタクシー営業は交替勤務制で、原告ら全員が裏番の勤務であつたので、単なるウオーク・アウトのストライキでは必らず営業が継続され、また原告らの第二組合づくりはそれを狙つたものであることがはつきりしていたため、被告らとしてはストライキの実功確保のためやむをえずとつた措置であつて、本件ピケも原告らに対する加害目的はなかつたのである。
従つて本件ストあるいはピケのため原告らが就労しえなかつたとしても、被告らに対し損害の賠償請求をなしえないことは明らかである。
第五、被告らの主張に対する原告らの反論
スト不参加者が労務を提供しようとしたにもかかわらず、ストによりその就労が不能となつた場合は、争議行為の適法、違法を問わず、これらスト不参加者の賃金については、使用者は民法五三六条一項により賃金支払義務を免れるとする見解が多数説であり、これに反し同条二項の適用があるとする被告らの主張は失当である。
第六、立証<省略>
理由
一、請求原因第一、二項の事実は当事者間に争いがない。
二、訴外会社が昭和四六年四月三日、被告大黒をタクシー料金の一部横領の廉で解雇したところ、被告組合は右解雇を不当とし、その撤回を求めて、同年五月二日より同月一五日まで継続してストライキを行なつたことは当事者間に争いがなく、被写体については争いがなく、その余の部分については証人西原宏の証言により成立の真正が認められる甲六号証の一ないし一九、同証言により成立の真正が認められる甲七号証の一ないし四、証人西原宏、同山本勝己の各証言、原告森英樹、被告長野新各本人尋問の結果(但しいずれも後記認定に反する部分を除く)によれば、被告らは右争議行為に際し、訴外会社の全営業車九台を車庫に格納(車庫の向つて右側に奥より入口にかけて四台を横にして並べ、その左側に一台を縦におき、更にその左側に三台を奥より入口にかけて横にして並べ、その左側に一台を斜めにして格納)し、うち入口に最も近い二台を鎖で連結し、その手前の更に入口近くにスト組合員の自家用車一台をおき、その左隣りにムシロを敷いて座り込んだため原告らは営業車の使用を阻まれて、就労が不可能となつたことが認められる。
三、原告らは、被告らの右妨害によりスト期間中の得べかりし賃金を喪失したとしてこれが賠償を求め、被告らはこれに対し、被告らのストライキによつて原告らの就労が不能となつたとしても、原告らは訴外会社に対し右スト期間中の賃金請求権を有するものであるから、原告らに損害の発生はないと主張するので、この点について判断する。
(一) 企業内に二つの労働組合が併存し、第一組合がストを行つたとき、ストに参加しない第二組合員が第一組合員のピケに阻まれて、就労が事実上不能となつた場合における第二組合員の賃金については、使用者は民法五三六条一項によりその支払義務を免れるとする説がある。
しかしいわゆる政治ストなど使用者の解決しえない事項を要求する場合は別として、ストライキが使用者の経営政策上の理由に基づいてなされた場合には、右ストは使用者の支配領域内に生じた障害で、使用者において一般的に除去しえないものでではないから、これをもつて使用者の責に帰すべき事由による(民法五三六条二項)ものと認めるのが相当である。
そして第二組合員の就労不能の直接の原因が、第一組合員のピケに阻まれたことにあつたとしても、右ピケがストの一環として行われたものである以上、右と別異に解する必要はない。
(二) これを本件についてみるに、公署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については証人西原宏の証言により成立の真正が認められる甲三、四号証の各一、同証言により成立の真正が認められる同号証の各二、弁論の全趣旨により成立の真正が認められる甲九号証、成立、原本の存在につき争いのない甲二四号証の一、二、二五号証、二八号証、二九号証の一、二、乙一〇、一一号証、一五ないし一七号証、成立に争いのない乙六、七号証、証人西原宏、同山本勝己の各証言、原告森英樹、被告長野新、同鎌倉幹夫各本人尋問の結果(但しいずれも後記認定に反する部分を除く)によると、本件争議に至る経過は次のとおりであることが認められる。
被告組合は昭和四〇年九月二八日に結成された高知県内のハイヤー・タクシー産業労働者の個人加盟による労働組合で、その下部組織として、加盟組合員の企業毎に分会を設けていたところ、訴外会社においても昭和四三年三月一五日同会社の従業員中八名が被告組合に加入し、被告組合正木分会が結成された。同分会は労働条件の改善のため組合活動を行ない、昭和四四年二月一日には訴外会社との間にユニオンシヨツプ制を労働協約を締結し、昭和四五年四月一五日頃には訴外会社の従業員のうち試用期間中の者一名を除いた他の全員が被告組合の組合員となつた。
ところが昭和四五年一〇月一〇日訴外会社の代表者が正本豊から西原宏にかわると、右西原は、従業員が隔日勤務で二班に分れ、別個のグループをなしており、同年九月に分会長、書記長に選出された原告横田、同玉田が一方の班に所属していたので、同原告らの班の者を懐柔することにより分会を弱体化しようとし、右原告らに働きかけ、同原告らはこれにより訴外会社に対し協調的となつた。そのため同原告らは他の分会員と意見を異にするようになり、昭和四六年二月右役員を辞任し、同月二四日被告大黒が分会長に選出された。
このような状勢のもとに、西原は被告大黒にタクシー料金不正領得の疑があるとして同年三月二七日北九州市ハイヤー・タクシー経営者協議会の専務理事である角安介に対し、その対策を相談し、同人からモニターを使用して右不正領得の事実を探索することを教えられ、翌二八日高知市内の松竹ホテルで角および同人がモニターとして同道してきた北九州市のホステス三村きわ子と会合し、モニターの方法を打合わせた。翌二九日三村は右打合わせた方針どおり被告大黒運転のタクシーに乗り込み、高知空港まで行くことを指示し、途中買物をし、空港で下車する際、被告大黒に右買物包みを松竹ホテル三〇七号室に届けることを依頼し、同被告に対し空港までのタクシー代九三〇円を含め二、〇〇〇円を渡し、「これでお願いします、おつりはいりません」といつた。被告大黒は料金メーターを倒さずに高知市内へ戻り、松竹ホテルに右包みを届けた。被告大黒は右運賃九三〇円は会社に納入したが、残額一、〇七〇円はチツプとして自己において取得したところ、訴外会社は右料金以外の金員の取得をもつてタクシー料金の横領であるとして、これを理由に被告大黒を懲戒解雇した。
そこで分会は右解雇の不当を主張し、解雇の撤回を求めて同年四月六日高知地方労働委員会に対しあつせんの申立をし、同委員会は右解雇につき再考を促したが、西原はこれに応ぜず、同月一五日原告横田、同玉田らを中心に原告らが分会を脱退し、第二組合を結成するとともに、訴外会社は地労委の前記要請を拒否した。
そのため分会は同年五月二日より被告大黒の解雇撤回を求めて本件ストライキに入つた。
右ストライキが始まると、原告らは訴外会社の指示により全員高知市内の旅館に集まり、前記角安介も同席のうえ、訴外会社の立入禁止仮処分申請の書類を西原らとともに作成し、毎日訴外会社の指示によつて一定の時刻に職場に赴き、被告らに就労の意思を示し、その後は旅館に帰つたり、原告横田、同玉田の家で待機していた(なお原告らは本件スト終了後の最初の給料日である昭和四六年五月二五日訴外会社より貸与の名目で――但し弁済期の定めはない――、別紙損害額算定表記載の金員の支給をうけている)。
以上のとおり認められる。
(三) 右事実からすると、被告大黒が横領したとされている一、〇〇〇余円の金員は、同被告に与えられたチツプと目すべきもので、それを取得したとしてもタクシー料金の横領と認めることはできないから、前記解雇はその理由を欠いており、結局前記解雇は、訴外会社において被告大黒の組合活動を嫌悪し、分会長であることの故をもつて、同被告を職場から排除する目的でなした不当労働行為であるといわざるをえず、結局本件ストは、訴外会社が被告大黒を不当に懲戒解雇し、地労委においても右解雇処分につき再考を促したにもかかわらず、これを聞き入れないで、懲戒解雇を強行したため発生したもので、訴外会社の不当労働行為に起因することが明らかであるから、一般のスト等の場合に比して、なお一層強い意味において使用者の責に帰すべき事由によるものといわざるをえない。したがつて訴外会社は民法五三六条二項により原告らに対し賃金支払義務を負うものというべきである。
以上民法五三六条二項の適用に当つては、当該ピケや一部ストが合法であるか違法であるかにはかかわりはない。危険負担の問題は、債権関係の目的である給付が不能となつた場合、それによる経済的不利益を債権者、債務者のいずれが負担するかの問題であるから、その給付不能をもたらした原因(本件ではスト組合員の行為)が違法であるか否かは、危険負担の問題とは関係がないからである。違法の場合には、使用者とスト組合員との間で損害賠償の問題がでてくるだけである。
四、以上の次第で、原告らは訴外会社に対し本件スト期間中の賃金請求権を有するから、原告らには損害はないというべきである。
よつて原告らの被告らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(別紙省略)